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レポートNo.004 質量分析装置を用いた新規コラーゲン分析法

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レポートNo. 質量分析装置を用いた新規コラーゲン分析法
004

概要

 コラーゲンは、皮膚や骨、腱などの結合組織において、細胞内で合成されてから細胞外へと分泌されます。その際、その構成アミノ酸のうちプロリンとリジンの一部が修飾され、ヒドロキシプロリン(3-Hyp、4-Hyp)、ヒドロキシリジン(Hyl)とその糖鎖付加物(GHL、GGHL)へと変化します(図1)。これらは、「グリシン-X-Y繰り返し配列(※)」を持つコラーゲンに特徴的な修飾であり、一部の例外を除き他のタンパク質には全く含まれません。4-Hypがコラーゲン三重らせんの安定化に寄与することはよく知られていますが、一方、その他の修飾が生体内でどのような機能を果たしているのかなど、未だに不明な点が多く残されています。また、骨形成不全症や線維症などの、コラーゲン関連疾患におけるコラーゲン修飾量の変化が報告されていますが、その生理的意義もほとんど解き明かされておりません。 
 研究の歴史が長いコラーゲンには、昔から多くの分析法が開発されており、タンパク質化学的手法や放射性同位体標識など、様々な手法が用いられてきましたが、コラーゲン中での存在量の少ない3-HypやGHL・GGHLの分析、構造の類似した3-Hypと4-Hypを区別した分析などでは、その感度や精度などに問題がありました。近年では、測定対象をイオン化して、選択的かつ高感度な測定を行うことのできる質量分析装置の性能が急速に発達し、コラーゲン研究を含め様々な分野で大きな威力を発揮しています。しかしながら、その質量分析装置を用いてもなお、特殊なコラーゲン修飾の分析には困難な場合がありました。
 当社バイオマトリックス研究所では、それらの問題を解決するため、質量分析装置を用いた新規コラーゲン分析法を開発してまいりました。そこで、本レポートでは(1)ヒドラジド法と(2)安定同位体標識コラーゲンについて紹介します。

 ※:「グリシン‐X‐Y繰り返し配列」とは?
   コラーゲンタンパク質のアミノ酸配列は、3残基ごとにグリシンが存在し、
   (グリシン‐X‐Y)‐(グリシン‐X‐Y)‐(グリシン‐X‐Y)‐…
   という特徴的な並びを持ちます。このXとYの位置のアミノ酸は、
   それぞれ、Xはプロリン、Yはヒドロキシプロリンが多いことが知られています。


図1. コラーゲン修飾

(1)ヒドラジド法

 2003年、Zhangらによって、ヒドラジドケミストリーと呼ばれる手法を用いた質量分析装置による、N結合型糖鎖修飾部位同定法が開発された(文献1)。この分析法は、N結合型糖鎖を過ヨウ素酸で酸化することによりアルデヒド基を生成させ、これをヒドラジド基と特異的にカップリングさせてN結合型糖鎖を含むペプチドを精製・濃縮し、質量分析装置で測定を行うというものである。
 我々は、この分析法をコラーゲンO結合型糖鎖であるGHL・GGHLの分析に応用したが、GHL・GGHLは他に比べ特殊な糖鎖修飾であり、そのままでは用いることができなかった。そこで、過ヨウ素酸の代わりにガラクトースオキシダーゼを使用するなど、いくつかの改変や最適化を行った(図2)。その結果、コラーゲンO結合型糖鎖のための新たな分析法「ヒドラジド法」の確立に成功した(文献2、3)。本法を用いることにより、GHL・GGHLの高感度分析が可能となり、これまでの分析法では見つかってこなかった糖鎖修飾部位も同定することができた。また、骨形成不全症におけるコラーゲンの異常な糖鎖修飾進行機構の解明などの成果も得られている(文献4)。GHL・GGHLの生体内での役割はほとんどわかっていないが、ヒドラジド法がその機能解明に寄与していくことが期待される。



図2. ヒドラジド法による分析の流れ(GGHL含有ペプチド)
This research was originally published in Molecular & Cellular Proteomics. Taga, Y., Kusubata, M., Ogawa-Goto, K. and Hattori, S. "Development of a novel method for analyzing collagen O-glycosylations by hydrazide chemistry." Mol Cell Proteomics. 2012; 11(6): M111.010397. © the American Society for Biochemistry and Molecular Biology

(2)安定同位体標識コラーゲン

 質量分析装置を用いた分析における一つの問題として、その定量精度が挙げられる。測定試料中の夾雑成分によりイオン化抑制(またはイオン化促進)が起こると、定量誤差が生じて実際とは異なった値が算出される可能性がある。そこで我々は、様々なコラーゲン分析において内部標準として添加することにより、その後の操作誤差と質量分析装置での分析誤差を全て補正することのできる「安定同位体標識コラーゲン」を開発した(文献5、6)。安定同位体で標識されたプロリン、リジン、アルギニンを添加して線維芽細胞を培養すると、それらのアミノ酸とコラーゲン修飾が全て標識されたコラーゲンを作製することができ、これを組織や細胞培養から精製したコラーゲンサンプルに添加することにより、コラーゲン修飾の高精度な分析が可能となる(図3)。その他にも前処理方法の違いにより、4-Hypを指標とした全コラーゲン定量や、他の手法では正確な分析が困難である、I型コラーゲンとIII型コラーゲンを識別した、型別コラーゲン定量なども行うことができる。本法は現在も応用範囲を広げており、例えばコラーゲンペプチド経口摂取後の血中Hyp含有ペプチドの分析も、安定同位体標識コラーゲンを用いることにより、多成分の高感度かつ高精度な定量が可能となっている(文献7)。安定同位体標識コラーゲンは、様々なコラーゲン分析に適用可能であり、今後のコラーゲン研究において有用なツールになると考えられる。



図3. 安定同位体標識コラーゲンを用いた分析の流れ
Reprinted with permission from (Taga, Y., Kusubata, M., Ogawa-Goto, K. and Hattori, S. (2014). "Stable isotope-labeled collagen: a novel and versatile tool for quantitative collagen analyses using mass spectrometry." J Proteome Res 13(8): 3671-3678). Copyright (2014) American Chemical Society.

関連レポート

文献1 Zhang, H. et al. (2003). "Identification and quantification of N-linked glycoproteins using hydrazide chemistry, stable isotope labeling and mass spectrometry." Nat Biotechnol 21(6): 660-666.
文献2 特開2012-032298「糖タンパク質の試料調製方法および分析方法」
文献3 Taga, Y. et al. (2012). "Development of a novel method for analyzing collagen O-glycosylations by hydrazide chemistry." Mol Cell Proteomics 11(6): M111.010397.
文献4 Taga, Y. et al. (2013). "Site-specific quantitative analysis of overglycosylation of collagen in osteogenesis imperfecta using hydrazide chemistry and SILAC." J Proteome Res 12(5): 2225-2232.
文献5 特開2014-130134「コラーゲンの分析方法、安定同位体標識コラーゲン等および前記安定同位体標識コラーゲンの製造方法」
文献6 Taga, Y. et al. (2014). "Stable isotope-labeled collagen: a novel and versatile tool for quantitative collagen analyses using mass spectrometry." J Proteome Res 13(8): 3671-3678.
文献7 Taga, Y. et al. (2014). "Highly accurate quantification of hydroxyproline-containing peptides in blood using a protease digest of stable isotope-labeled collagen." J Agric Food Chem 62(50): 12096-12102.

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