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レポートNo.002 「iMatrix-511」の誕生について

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レポートNo. 「iMatrix-511」の誕生について
002
    
ラミニンは、動物の基底膜に存在する細胞外マトリックスの一員であり、細胞の接着や増殖に深く関わっているタンパク質です。当社では、このラミニンの断片である、ラミニン511-E8フラグメント(商品名「iMatrix-511」)を利用した、新たな細胞培養方法を提案しています。
 

細胞外マトリックス

 私たちの体は、約60兆個(注:本レポート作成当時の見積値)の細胞から構成されていますが、細胞をただ積み木のように重ねるだけでは、複雑な構造をした体を形作ることはできません。そこで登場するのが、細胞外マトリックスです。図1で示されているように、細胞外マトリックスは、細胞と細胞との間を埋めたり、種類の異なる細胞同士を隔てたり、細胞の周辺環境を構築する役割を担っています。さらに、細胞外マトリックスは、細胞の生存、増殖、運動などといった、生命現象に関わる様々なシグナルを細胞に伝える機能を持つため、多細胞生物には無くてはならない存在であると言えます。細胞外マトリックスには、コラーゲンやラミニン、フィブロネクチンなどのタンパク質や、コンドロイチン硫酸やヒアルロン酸などの多糖(グリコサミノグリカン)が含まれており、それらが複雑に組み合わさって、体のあらゆる場所に存在しています。

図1. 細胞外マトリックスが含まれる部位の例

ラミニン511-E8 (商品名iMatrix-511)

 本レポートで紹介する新商品「iMatrix-511」は、ラミニン511の酵素分解断片である、ラミニン511-E8フラグメントと同じ配列をもった組み換えタンパク質です。生体内において、ラミニンは他の細胞外マトリックスと共に、薄い膜状の基底膜に存在しています。ラミニンは、α鎖、β鎖、γ鎖の3つのパーツから構成されており、それらの組み合わせによって、現在16種類以上の存在が確認されています(図2、文献1)。その中でも、α5鎖、β1鎖、γ1鎖から成るラミニンを、ラミニン511と呼びます。細胞の表面には、インテグリンという、細胞外マトリックスを認識する受容体が存在し、この受容体を通じて、細胞の接着や伸展、増殖などに関わる様々なシグナルを受け取っています。ラミニン511を認識する主な受容体は、α6β1インテグリンです。α6β1インテグリンがラミニン511を認識するためには、特に、ラミニンα5鎖にある球状ドメインと、ラミニンγ1鎖のカルボキシル末端側にあるグルタミン酸が重要な部位となりますが(文献2、3)、ラミニン511-E8フラグメントは断片でありながら、それら重要な部位をもつため、ラミニン511の全長分子と同様、α6β1インテグリンとの結合能を持ち、すなわち、細胞に様々なシグナルを伝える機能を有しています(文献4)。


  図2. ラミニン511-E8 の模式図

ラミニン511-E8の使用例

 ラミニン511-E8フラグメントは、表皮細胞や血管内皮細胞などの他、iPS細胞やES細胞などといった多能性幹細胞を培養できる基材として注目され、研究が進められています。ラミニン511-E8フラグメントを利用した細胞培養の準備は、非常に簡単です。リン酸緩衝液などで希釈したラミニン511-E8フラグメントをスライドガラスやシャーレに注ぐだけで、表面にコーティングすることができ、培養直前に培地に置換すれば、準備が完了します。図3は、iMatrix-511上で表皮細胞や血管内皮細胞を培養した様子を撮影したものです。表皮細胞は、何もコーティングしていないシャーレ上では、ほとんど接着していませんが、iMatrix-511上では、多くの細胞が接着・伸展しています。血管内皮細胞は、何もコーティングしていないシャーレ上でも接着はしますが、伸展せず丸い形態のままの細胞が多く観察されます。一方、iMatrix-511上で培養した場合には、ほとんどの細胞が良く伸展しています。


図3. iMatrix-511上で培養したヒト皮膚表皮細胞と血管内皮細胞の接着と伸展

 ヒトのiPS細胞やES細胞は、取り扱いが非常に難しいことが知られています。例えば、これらの細胞を植え継いで、数を増やすためには、成長した細胞集塊を適切な大きさに分割する必要がありますが、細胞同士を完全に解離させてしまうと細胞は死滅してしまいますし、分割の操作が適切でなかった場合には、幹細胞としての特性を失ってしまうことがあります。また、これらの細胞の培養基材として、マウス由来のフィーダー細胞やマトリゲルが利用されてきましたが、異種成分が持ち込まれる危険性があるため、医療応用する上での問題点の一つとされていました。こうした状況の中、大阪大学と京都大学との共同研究によって、iPS細胞やES細胞の培養にラミニン511-E8フラグメントが有効であることが明らかとなりました(文献5)。ラミニン511-E8フラグメント上では、成長した細胞集塊を完全に解離させても、多くの細胞の生存を維持でき、効率良く増殖させることができるのです。また、ラミニン511-E8フラグメントは、組み換えタンパク質として製造できることから、マウスなどを由来とした培養基材に比べ、異種成分の混入の危険性が低いことも大きな利点であると言えます。
 このように、ラミニン511-E8フラグメント(iMatrix-511)は、様々な種類の細胞の性質を維持したまま、接着や伸展、増殖を促すことができる培養基材であり、基礎研究から医療応用まで幅広い分野で利用することができます。

関連レポート

文献1   Aumailley M et al. A simplified laminin nomenclature. Matrix Biol. 24, 326-332 (2005)
文献2   Ido H, Harada K, Futaki S, Hayashi Y, Nishiuchi R, Natsuka Y, Li S, Wada Y, Combs AC, Ervasti JM, Sekiguchi K. Molecular dissection of the alpha-dystroglycan- and integrin-binding sites within the globular domain of human laminin-10. J Biol Chem. 279, 10946-10954 (2004)
文献3   Ido H, Nakamura A, Kobayashi R, Ito S, Li S, Futaki S, Sekiguchi K. The requirement of the glutamic acid residue at the third position from the carboxyl termini of the laminin gamma chains in integrin binding by laminins. J Biol Chem. 282, 11144-11154 (2007)
文献4   Taniguchi Y, Ido H, Sanzen N, Hayashi M, Sato-Nishiuchi R, Futaki S, Sekiguchi K. The C-terminal region of laminin beta chains modulates the integrin binding affinities of laminins. J Biol Chem. 284, 7820-7831 (2009)
文献5   Miyazaki T, Futaki S, Suemori H, Taniguchi Y, Yamada M, Kawasaki M, Hayashi M, Kumagai H, Nakatsuji N, Sekiguchi K, Kawase E. Laminin E8 fragments support efficient adhesion and expansion of dissociated human pluripotent stem cells. Nat Commun. 3, 1236 (2012)

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