バイオマトリックス研究所
研究員(理学博⼠)
⼋⽊志乃海
新たな医療用マテリアルの実現を目指して──。
コラーゲンを用いた3Dバイオインクを実用化。
再生医療の分野で高まるコラーゲンへの注目。
長年、コラーゲンの研究・開発に取り組んできたニッピは、培ってきたコラーゲンをさまざまな形に加工成形する技術を応用し、3Dバイオプリンティング分野において画期的なコラーゲンバイオインクの製品化を実現した。従来は手間と時間を要していた複雑な構造の造形が容易となったことで、再生医療分野における幅広い活用への期待が高まっている。
コラーゲンの
医療活⽤への期待と課題。
コラーゲンは、体の中に最も豊富に存在するタンパク質である。ニッピでは、長年にわたり蓄積してきたコラーゲンの加工成形技術を用いて、粉末やシート、ブロック状に成形した医療用マテリアルの研究開発を行ってきた。コラーゲンがもつ生体適合性の良さを生かし、「移植」や「再生医療」に利用するための応用研究にも取り組んでいる。「従来の技術では、コラーゲンで単純な構造しか成形できず、これが医療への幅広い応用を実現する上での一つの壁でした」と振り返るのは、研究員の八木志乃海。そこで着目したのが3Dバイオプリンティングの技術だ。3Dバイオプリンターは3次元的にデザインした形状を、細胞を含む特殊なインクによって正確に造形する。このインクにコラーゲンを用いて、再生医療のための医療用マテリアルを作ることができないか。そうした発想のもと、八木は他社との共同開発を重ねながら研究を進めていった。その過程で新たな壁にぶつかった。
八木が実現を目指したものは、細胞を含むコラーゲンバイオインクから構成される組織様の複雑な立体構造を作ることだ。
「その構造が人体組織の代わりとして、移植や薬物試験のための組織モデルなどに活用されることを期待しました。しかし、従来のコラーゲン由来のバイオインクは溶液であり、連続して積み重ねることができません。固形化するために処理が必要となり、時間も手間もかかっていたのです」
ニッピの技術が
課題を克服し道をひらく。
3Dバイオプリンティング用のコラーゲンバイオインクに求められたのは、「高い造形性能」と「扱いやすさ」の両立だった。コラーゲンは、中性で保温することで固まる(ゲル化)性質をもつ。従来のコラーゲンバイオインクは酸性溶液であるため、造形前に中性にし、構造物を作り上げた後に保温して固めるという工程が必要だった。この操作を各層ごとに繰り返すことになる。また、濃度を高めても数%程度が限界であるため、造形物の強度が不足する場合には、別のサポート材が必要となるケースもあった。「このように従来のコラーゲンバイオインクには大きな扱いにくさがありました。そこで、コラーゲン溶液を用いるという固定観念から離れ、まったく異なる性質を持つものを開発することに挑戦しました」と、八木は課題解決へのアプローチを語る。
「従来のコラーゲンバイオインクが持つ課題を解決する」。そのスタートラインに立った八木が着目したのが、ニッピのコラーゲン加工成形技術から生まれたコラーゲン粉末だった。この技術があったからこそ、他にはないコラーゲンバイオインクが誕生したのだという。「ニッピのコラーゲン粉末は乾燥物であるため溶媒量を調整することで高濃度化が可能です。また、非常に短い線維状であることから、高濃度でも3Dプリンターの目詰まりが抑えられました。これにより、高濃度でありながら造形性に優れ、かつ扱いやすい新しいコラーゲンバイオインクを実現できました」
使い勝⼿の良いコラーゲンインクの可能性。
コラーゲンの粉末化技術は、ニッピ独自の技術として特許を取得している。この粉末をそのまま中性溶液と練り合わせることで、3Dバイオプリンターで使用可能なバイオインクの開発が実現した。「これまでの研究実績の中から別の利用アプローチを発案できたことが、今回の製品化につながる大きな一歩でした」と八木は振り返る。15%濃度に調整したインクの粘度は「手で押せるくらい」だ。この程良いやわらかさと粘りを持ち、最小0.2mm径のノズルでも目詰まりしない特性により、複雑な立体構造の造形を可能にしている。さらに、高濃度化が可能なことから造形物の強度が高く、垂直方向に積層する造形であればサポート材を必要としない。加えて、インクはあらかじめ中性溶媒で調製されているため、pH調整や温度管理が不要となり、こうしたシンプルなプロセスは、3Dバイオプリンティングの現場における作業負荷を大きく軽減し、簡便かつ再現性の高い造形を可能にしている。また、再生医療の分野では、損傷した膝の半月板や、破損した骨の修復など、個別の欠損形状に応じて正確に形を再現した移植用マテリアルが求められることがある。特に、鼻や耳などの外見上目立つ部位の欠損に対しては、元の形を再現することには大きな関心があるだろう。ニッピのコラーゲンバイオインクは、こうした医療現場の多様なニーズに幅広く応える可能性を秘めていると八木は考えている。
「これまでのコラーゲンバイオインクでは実現できなかった使い勝手の良さによって、3Dバイオプリンティング技術を活用した再生医療に、医師や医療分野の方に興味を持ってもらえることを期待しています。また、さまざまな細胞を混ぜ合わせて、臓器を模倣したミニ組織のようなものを作ることができれば、移植などによる再生医療に加えて、動物実験を代替する薬剤試験や医薬品のスクリーニング開発などを大きく後押しできると思います」
さらなる⾼いレベルの
品質管理で進化を重ねる。
コラーゲンバイオインクの製品化は、あくまで第一歩に過ぎない。より幅広い医療分野での再生医療ニーズの高まりに応えるためには、「製品そのものに対し、医療応用を見据えた最高水準の品質管理体制を確立することが求められます」と八木は次の目標を語る。「コラーゲンバイオインク、さらには細胞と混ぜ合わせて構築したミニ組織を医療応用するためには、微生物や異物の混入を徹底的に排除する必要があります。そのためには、クリーンな環境の整備と厳格なプロセス管理が不可欠です。製品品質を最大化し、さらに高水準の品質管理を実現するには、研究所を含め各部署が全社的に取り組むことに加え、アカデミアや他企業との積極的な協働・共創関係を構築していくことが重要となります」
ニッピでは、経口摂取するコラーゲンの品質向上をはじめ、コラーゲンペプチドの開発、無味無臭化技術、化粧品素材としての製品化などを通じて、「人が日常的に使うコラーゲン」を長年研究してきた。そして今、新たに再生医療へ寄与する道が開かれつつある。人の体内で活用できるコラーゲン材料のさらなる可能性を追求していく未来に向けた研究と開発が今後も続いていく。
⼋⽊志乃海/バイオマトリックス研究所研究員(理学博⼠)。
コラーゲンの基礎研究や医療応用に向けた開発などを担当。今回、製品化を実現した技術をさらに磨き、幅広い応用に向けて取り組む。

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