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レポートNo.003 新規なサイトメガロウイルス感染細胞検出法(PML法)

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レポートNo. 新規なサイトメガロウイルス感染細胞検出法(PML法)
003

概要

 骨髄移植や臓器移植などの移植医療では、移植された臓器が患者の体の一部として機能できるように導く過程が重要です。もともと我々の身体には、自分と自分以外の組織を区別し、排除しようとする「拒絶反応」が備わっており、移植の成功には「拒絶反応」を適切に抑え込む事が必要となります。そのため移植時には拒絶反応を抑えるための免疫抑制剤の使用が欠かせません。しかし、これは諸刃の剣で、患者の免疫力を弱めるために健康人ではそれほど問題とされない感染症が致命的となることがあります。これは日和見感染症と呼ばれ、サイトメガロウイルス(以下CMVと略)もその一つとして知られており、移植後にはしばしば抗ウイルス薬が投与されます。しかし、確率は低いものの、投与した薬剤に対する耐性を持ったウイルスが出現する場合もあり、抗ウイルス剤の治療効果が低い際には、薬剤耐性を持ったCMVが出現している可能性も疑われます。これらの鑑別には患者から採取・分離したCMVの薬剤感受性を検査する必要がありますが、従来の薬剤感受性試験はウイルス分離に長時間を要するために移植医療現場では実用性に乏しく、迅速に判定する技術が望まれていました。
 
 バイオマトリックス研究所では、これまでのCMVに関する基礎研究の成果を応用して、試料中のCMVを検出する新規な感染細胞検出法(以下PML法)を確立しました。PML法では、従来のようにCMVを分離することなく、試料(患者より採取した細胞等)中のCMVを特異的かつ高感度で検出することができるため、より迅速な薬剤感受性検査が可能となります。

サイトメガロウイルス(CMV)とは

 CMVはヒトに感染するヘルペスウイルスの一種で、他のヘルペスウイルス同様、ウイルスが一旦感染すると、その後終生その体内に持続・潜伏して存在します。多くの人が幼児期に感染し、その際は通常、感染症状が現れずに経過しますが、免疫の未熟な胎児では先天性CMV感染症として重篤な病態をおこす場合があります。また、免疫力が低下して感染し易い状態(例:エイズ、臓器移植など)では、成人であってもCMV網膜炎、肺炎等の重篤な感染症を引き起こすため注意が必要であり、いわゆる日和見感染症(ひよりみかんせんしょう)のひとつとして移植医療ではその予防・管理が重要課題となっています。

PML法とは

 バイオマトリックス研究所独自の技術により確立した試料中の活動性CMVを検出する in vitro 感染細胞検出法です (参考文献1~3)。

◆PML法の原理:
 細胞核内のサブドメイン構造の1つとして知られるPMLボディは、 PMLタンパク質を含む百種類近いタンパク質から構成され、様々な機能を担っていると考えられており、ヘルペスウイルスなどの感染によって特異的な構造変化が引き起こされる事が知られています。例えば、細胞にCMVが感染して IE1 というウイルス抗原タンパク質が合成されると、PMLボディが壊れPMLタンパク質が核内に均一に拡散する現象が見られます。PML法ではこの現象を応用して、PMLタンパク質に蛍光タンパク(GFP)を結合させたGFP-PMLを恒常的に発現させたSE/15細胞を使用しています。


          図1. PML法による感染細胞の検出
SE/15細胞のPMLボディは、蛍光顕微鏡で観察すると 図1-A のように核内に5-10個の輝点として観察されますが、CMVが感染しIE1タンパク質が発現するのに伴い、図1-B のように核内全体に蛍光が拡散した像が得られます。PML法では、この様に蛍光が拡散している核を持つ細胞数を陽性細胞(=CMV感染細胞)として計測し感染価を算定しています。固定、染色という操作を必要とせず、一旦観察した後に再び培養/観察/定量が可能であり、臨床検体などの少量の試料でも経時的な解析を行う事が出来ます。 
                

◆PML法の特徴:
 ① 特異性、定量性、操作性に優れる   
 ② 高感度:感染性の低い臨床株ウイルスも感度良く検出可能(文献2、4)    
 ③ 病態との高い相関:試料中のactiveなCMVを検出する(文献2、4)

PML法の応用

◆抗ウイルス薬の薬効評価:
 PML法の特徴としては、特異性、定量性、操作性に優れ、感染価が低い臨床株ウイルスも感度良く検出できる点などが挙げられます。抗ウイルス薬の開発などで、感染価が低い臨床株ウイルスを対象とする場合、再現性のある定量的結果を得るのが難しい場合があります。PML法では、そのような場合にも感度良く陽性細胞を検出できるため、安定したデータを得る事が可能です。

◆PML法による薬剤耐性ウイルスの検出:
 移植医療ではCMV感染症の対策が重要課題の一つとなっています。ウイルス分離をせずに、感染能力を指標とした薬剤感受性検査が可能であれば有用なことから、PML法を用いて薬剤耐性ウイルスの検出を試みました。図3に示すように薬剤存在下/非存在下において感染価を比較する事により、薬剤感受性株と耐性株の鑑別が可能である事が示されました。更に移植医療機関との共同研究から、患者さん由来の末梢血単核球細胞を用いてCMV薬剤耐性株を検出できる事も確認しています(文献4)。 

 
図2. 薬剤耐性ウイルスの判定
正常血液細胞(核を白く表示)とCMV感染した血液細胞(核を赤く表示)を含む患者さんの試料を用いて、SE/15細胞と共に培養します。その際、抗ウイルス薬存在下では感染血液細胞から隣接したSE/15細胞へのCMV感染は抑えられるため、PMLボディの変化した陽性細胞は観察されません。しかし、もしも感染ウイルスが薬剤耐性株である場合は薬剤を加えていても感染がおこり、陽性細胞が生じることとなります。よって、抗ウイルス薬存在下/非存在下での陽性細胞数を比較する事により薬剤耐性ウイルスの判定が可能となります。

 
             図3. PML法による薬剤耐性ウイルスの検出例
末梢血単核球細胞に感染させたCMV臨床株を、薬剤非存在下(A)および薬剤存在下(B)でそれぞれ培養し、各培養日数における陽性細胞をPML法を用いて評価しました。薬剤(GCV)無しの培養では薬剤感受性株、薬剤耐性株の両方で感染性が確認されましたが(図3-A) 、薬剤存在下では薬剤耐性株のみが感染性を示しました(図3-B) 。
これらの結果から、PML法による薬剤耐性ウイルスの鑑別が可能である事が確認されました。

                  

補足情報

◆PMLボディとは:
 PMLボディは私たちの体を構成している細胞の中で遺伝子の複製に重要な細胞核内に存在し、PMLタンパク質を含む百種類近いタンパク質から構成されています。殆どの細胞においてPMLボディ は10数個存在し、遺伝子の複製、転写のみならす細胞老化の制御、アポトーシスの抑制など多彩な機能を担うと予想されていますが、その詳細については世界中の研究者により現在まさに研究が続けられている段階です。

関連レポート

文献1 特許第4299794号
文献2 Ueno, T. et al(2006). Novel real-time monitoring system for human cytomegalovirus-infected cells in vitro that uses a green fluorescent protein-PML-expressing cell line. Antimicrob Agents Chemother 50(8), 2806-13
文献3 Ueno, T., and Ogawa-Goto, K. (2009). Use of a GFP-PML-expressing cell line as a biosensor for human cytomegalovirus infection. Methods Mol Biol 515, 33-44
文献4 Ogawa-Goto, K., et al (2012). Detection of active human cytomegalovirus by the promyelocytic leukemia body assay in cultures of PBMCs from patients undergoing hematopoietic stem cell transplantation. J Med Virol 84(3), 479-86.

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