所員による研究レポート

レポートNo.007   コラーゲン由来ペプチドをマーカーとした革・膠の由来動物種判定法

カテゴリ:研究レポート 

レポートNo. コラーゲン由来ペプチドをマーカーとした革・膠の由来動物種判定法
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概要

   「革」は、動物の皮からクロムや植物タンニン等を使った「鞣し」※1によって作られ、昔から衣服や履物、鞄、手袋など様々な用途に使用されてきました。日本においては、革製品の品質や価値を保証するため、ウシ、ウマ、ブタ、ヒツジ、ヤギ、シカから作られた製品について、その動物種を表示することが法律(家庭用品品質表示法)で定められています。また、ワニ革は、クロコダイル、アリゲーターなど全ての種がワシントン条約による規制対象となっているため、輸出入申請の際には由来種や原産地などといった詳細情報の明示が求められます。現在の革の動物種判定は、電子顕微鏡による形態観察(コラーゲン線維構造や毛穴の形態の違いを目視で評価)が一般的ですが、これは判定者の習熟度によって結果が左右される主観的な方法であることに加え、形態特徴が類似した動物種間(ヒツジとヤギ、ワニ種間など)では判定が困難であることから、簡便かつ客観的な判定法の開発が望まれていました。
   当社バイオマトリックス研究所では、これまでに質量分析装置を用いて、様々なコラーゲン分析法を開発してきました(研究レポートNo.004)。その技術を活かし、トリプシン※2で分解した革のサンプル中に含まれるI型コラーゲンの断片(=ペプチド※3)を検出し、動物種間でのアミノ酸配列の違いをもとに革の由来動物種を高精度に判定する、新規分析法を開発しました。
  さらに、私達はこの新規分析法を文化財の研究にも応用しています。動物の骨や皮を煮ることで抽出される膠(にかわ)は、熱変性コラーゲン(=ゼラチン)を主成分とし、古くから絵画や壁画などの膠着剤、顔料の分散剤として使用されてきました。膠の原料として用いられる動物は、その時代・地域によって異なります。また、由来動物による物性の違いから、用途に応じて様々な動物種の膠を使い分けることもあります。美術作品や歴史資料(絵画、壁画、彫刻など)に用いられている膠を分析することで、それらの文化財が製作された当時の動物利用の実態や、芸術家が使用した材料・技法などの情報を得ることができます。
   本レポートでは、(1)革の動物種判定法、(2)革製品の準非破壊分析法、(3)膠の由来動物種判定法について紹介します。
 ※1:「鞣し」とは
  クロムやタンニンを使って動物の「皮」の主要なタンパク質であるコラーゲンを架橋し、耐水性、耐熱性、耐微生物分解性の高い「革」へ加工することです。世界の革全体の約90%がクロム鞣し処理によって製造されています。
 ※2:「トリプシン」とは
  消化酵素の一種で、塩基性アミノ酸(リジン、アルギニン)を認識してタンパク質を分解しペプチドを生成します。
 ※3:「ペプチド」とは
      アミノ酸が数個〜数十個繋がったものをペプチドと言い、特にここでは、タンパク質の一種であるI型コラーゲンがトリプシンで分解されて出来た分解断片のことを指します。

(1)革の動物種判定法 【文献1】

  質量分析による革の由来動物判定法を構築するにあたり、まず私達は、クロム鞣しされた革を水酸化カルシウムで脱クロム処理した後、トリプシン消化を行うことで、短時間(合計約7時間)で効率的にI型コラーゲン由来のペプチドを生成する手法を確立しました。次に、10種の対象動物(ウシ、ウマ、ブタ、ヒツジ、ヤギ、シカ、クロコダイル、アリゲーター、カイマン、トカゲ)の革から、上記手法を用いてペプチドを生成し、12種類のI型コラーゲンマーカーペプチド(ほ乳類検出用6種、爬虫類検出用6種)を選定しました(表1)。これらを質量分析装置で検出することで、高感度かつ正確に革の動物種を判定することが可能となりました。例えば、試料がヒツジ革である場合はマーカーペプチドM3、M4、M6が、ヤギ革である場合はM2、M4、M6が検出されます(図1)。本法は、操作が簡便かつ所要日数が約1日と短期間で完了することから、革製品の動物種認証のためのルーチン分析に有用であると考えられます。


  表1. 革の動物種判定用I型コラーゲン由来マーカーペプチドの検出パターン


                    
           
       
  図1. ヒツジ革およびヤギ革で検出されるマーカーペプチド
           

(2)革製品の準非破壊分析法 【文献2】

  現行の動物種判定法である、電子顕微鏡を用いた形態観察では、試料の破壊が必須であるため、実物の革製品を判定することは困難でしたが、私達はヤスリによって採取した極微量の試料に対し、(1)で確立した判定法を適用することで、準非破壊での動物種判定を可能としました。検証用サンプルとして、クロコダイル革、アリゲーター革、カイマン革、クロコダイル型押しウシ革の時計ベルトを用い、製品の裏面の目立たない部分から鉄ヤスリで採取した僅かな革粉末(約100 µg)を分析した結果、その検出パターンは全て、表記された動物種と一致することが確認されました(表1、図2)。この方法では、革の損傷を最小限に抑えた分析ができることから、高価な革製品や歴史資料の分析など、様々な分野への応用が期待できます。



  図2. 各動物由来の革製時計ベルトで検出されたマーカーペプチド
           

(3)膠の由来動物種判定法 【文献3】

  美術作品や歴史資料に使われている膠の由来動物種の同定には、近年、質量分析装置を用いて試料中のコラーゲン由来ペプチドを検出する試みがなされてきました。しかし、複数の動物種由来の膠がブレンドされて使われていたり、製造工程中に他の膠が混入している場合があるため、このような試料に対して、既存の方法では厳密に動物種を判定できないことが課題でした。そこで私達は、国立西洋美術館高嶋美穂特定研究員(研究代表者)、筑波大学谷口陽子准教授(研究分担者)によるJSPS科研費(19K01133)の助成を受けた研究に研究協力者として参画し、(1)の革の動物種判定法を応用し、複数種混合試料へ適用可能な、新たな膠の由来動物種判定法を確立しました。対象とする動物種は、膠に使用される8種(ウシ、ウマ、ブタ、ヒツジ、ヤギ、シカ、ウサギ、チョウザメ)とし、これらの動物種が2種混在する場合でも判定を可能とすべく、新たに12種類のI型コラーゲン由来のマーカーペプチドを選定しました(表2)。本法を用いて、国立西洋美術館に所蔵されているカミーユ・ピサロ作収穫(図3)のカンヴァスの張りしろ部分から微小な試料を採取して分析したところ、2種の動物(ウシとヒツジ)に由来する膠が使用されていることが明らかになりました(図4)。本法は、微量試料での分析が可能であるため、貴重な美術作品や歴史資料の研究に役立てることができます。

  表2. 膠の由来動物種判定用I型コラーゲン由来マーカーペプチドの検出パターン




           

  図3. カミーユ・ピサロ作《収穫》、1882年、テンペラ・カンヴァス 国立西洋美術館所蔵(旧松方コレクション)



  図4.《収穫》のカンヴァスから検出されたマーカーペプチド

関連レポート

文献1   Kumazawa Y, Taga Y, Iwai K, Koyama Y. A rapid and simple LC-MS method using collagen marker peptides for identification of the animal source of leather. J Agric Food Chem. 64, 6051–6057 (2016)
文献2   Kumazawa Y, Hattori S, Taga Y. Semi-nondestructive certification of crocodilian leather by LC−MS detection of collagen marker peptides. Anal Chem. 91, 1796-1800 (2019)
文献3   Kumazawa Y, Taga Y, Takashima M, Hattori S. A novel LC–MS method using collagen marker peptides for species identification of glue applicable to samples with multiple animal origins. Herit Sci. 6, 43 (2018)

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