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レポートNo.009  spERt™技術〜コラーゲンの分泌活性化機構を応用した新規テクノロジー〜

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レポートNo. spERt™技術 〜コラーゲンの分泌活性化機構を応用した新規テクノロジー〜
009

概要

   コラーゲンはおもに線維芽細胞内で合成されたのち、細胞外環境へと分泌され皮膚や骨の主要成分として機能する代表的な細胞外マトリックス*構成タンパク質であり、生体の維持に様々な役割を担います。生体が必要とする大量のコラーゲン合成を担う線維芽細胞は、大変効率よくコラーゲンを分泌する仕組みを備えた「プロフェッショナル分泌細胞」であると言えます。
  spERt™技術※1は、「プロフェッショナル分泌細胞」である線維芽細胞に備わる高効率なコラーゲン分泌機構を手本としてデザインされ、培養細胞によるタンパク質の生産性を飛躍的に高めるニッピ独自な新規技術です(文献1、2)。動物培養細胞を用いた製造が主流である抗体医薬などのバイオ医薬品製造において、その生産性向上に資する技術の一つとして、特にこれまで実用的な解決策が殆どなかった分泌タンパク質の翻訳過程※2の効率を高める特色ある技術として期待されています(文献1)。

 * 参照:研究レポートNo.008
 ※1 spERt:Selective Polyribosome assembly on the ER with Three factors
 ※2 翻訳過程:遺伝子(DNA)から作られたmessenger RNA(mRNA)と呼ばれるタンパク質の設計図(アミノ酸配列情報)に従って、アミノ酸を正しい順番でつなぎタンパク質を合成する過程。リボソームと呼ばれる巨大複合体がタンパク質の合成装置の本体としての機能を果たしタンパク質の翻訳過程が進む。

線維芽細胞の高効率コラーゲン分泌の仕組み

「プロフェッショナル分泌細胞」の小胞体の特徴
細胞外へ分泌されるタンパク質は、細胞内の小器官の一つである小胞体(Endoplasmic reticulum ; ER)において合成されます。小胞体膜上で合成が開始された分泌タンパク質は直ちに小胞体膜の内側へ移動し、正しい構造への折りたたみや糖鎖付加など様々な品質管理が施されます。言い換えると、小胞体へ運ばれることが、最終的に細胞外へコラーゲンを分泌する為に重要な最初のステップであると言えます。コラーゲンを沢山分泌する線維芽細胞は、小胞体膜を多く含み、特に粗面小胞体の発達が際立っています。

※ 粗面小胞体:小胞体のうちタンパク質合成装置の本体であるリボソームが付着した小胞体。電子顕微鏡像で膜上に粒子状リボソームが多数観察されることに由来する呼称。

  実際にヒト線維芽細胞を電子顕微鏡により観察した例を図1に示しました。コラーゲンを大量に分泌しているヒト線維芽細胞の粗面小胞体には、ビーズ状に連なったリボソーム(=ポリリボソーム)が多数付着し、そのポリリボソームは非常に長鎖です(図1a)。拡大率を上げて観察すると、各ポリリボソームは20以上の粒子状構造を含んでいることが判ります(図1b)。ヒト線維芽細胞が高い効率でコラーゲンを分泌する際は、このような小胞体膜上の長鎖ポリリボソームが主要な役割を果たしていることが判明しています(文献2、4)。


図1. ヒト線維芽細胞の電子顕微鏡観察(文献4より改変)
コラーゲンを大量に分泌する条件で培養したヒト線維芽細胞の小胞体膜の表面を電子顕微鏡で観察すると、リボソーム粒子が連なった長鎖のポリリボソームが多数観察される。

小胞体の長鎖ポリリボソーム形成に重要なp180タンパク質
  図1に示されるような長鎖ポリリボソームは、コラーゲン分泌を抑制する培養条件へ変更すると、その形成が阻害されます。我々はコラーゲンの分泌活性化に重要な役割を担うタンパク質として小胞体膜のp180タンパク質(以下、p180)に注目し、その分子機構を詳しく解析してきました(文献3−6)。
  その結果、p180は
  ・コラーゲンの分泌活性化時の小胞体膜の長鎖ポリリボソーム形成に必須であること
  ・その作用は選択性を示すこと
など、重要な機能をもつことが明らかになりました。例えば、p180含量を低くした場合、コラーゲンやフィブロネクチンの分泌量は低下しますが、他の分泌タンパク質(例えばTIMP-1、MMP-2 ※)の分泌量には影響しません(文献3)。p180が示すこの選択的効果がどのようなメカニズムに起因するのか解析したところ、p180と協働的に働く新規な因子SF3b4を同定しました(文献2)。SF3b4は通常は核内に存在していますが、コラーゲンを活発に分泌している線維芽細胞では小胞体にも存在し、SF3b4含量が減少するとコラーゲンの分泌量も低下します。様々な解析から、SF3b4はコラーゲンなどのmRNAの長鎖ポリリボソーム形成および小胞体への移行などの過程において、p180と協働的に機能する必須な因子であることが示されました(文献2)。

※ TIMP-1(tissue inhibitor of metalloproteinase-1)、MMP-2(matrix metalloproteinase-2):両者ともに線維芽細胞から分泌されるタンパク質であり、ここではコラーゲンの比較対照として解析に使用。

spERt™技術の開発

  上記の基礎研究成果を応用し、小胞体膜上のタンパク質翻訳過程を高効率型に改変して培養細胞の生産性を高めるspERt™技術を開発しました。タンパク質を動物細胞で分泌させる際、目的とするタンパク質の遺伝子発現の指標であるmRNA量の増加とそのタンパク質量が必ずしも相関しない現象が広く知られていますが、spERt™技術により小胞体膜上の翻訳装置の活性化を誘導すると、目的とする分泌タンパク質の生産性を高めることができます。また、SF3b4と相互作用してmRNAの小胞体への移行を促すcis-エレメントを組み合わせることで、更なる生産性の増強も可能です(詳細は文献2をご参照ください)。

図2. spERt™技術によるポリリボソーム形成の促進機構のモデル

  本技術の効果を、バイオ医薬品製造において汎用されるCHO細胞を用いて検証しました(図3)。p180およびSF3b4を導入したCHO細胞を用いて、分泌マーカーの活性を比較すると、spERt™技術導入により分泌能が対照細胞の約3倍へ増加し、さらにcis-エレメントを併用すると約9倍に上昇するという顕しい効果が確認されました(図3)。次に、あらかじめ本技術を導入したCHO細胞株を用いて、抗体産生に対する効果を対照CHO細胞と比較しました(文献1)。spERt™技術を導入した細胞を用いた場合、対照CHO細胞の場合よりも高い生産性を示す抗体産生細胞株を多く取得出来ることが示されました(図4A)。さらに、このような高生産の細胞株では実際に小胞体の翻訳装置の活性化が起きているかどうかを調べるため、小胞体膜が含まれる膜画分を試料として密度勾配遠心法によるポリリボソーム解析を行ったところ、期待通りにspERt™技術導入株ではポリリボソーム量が増加していました(図4B)。即ち、これらの細胞株では小胞体の翻訳装置の活性化が誘導され、抗体生産量の増大に寄与していると推察されました。以上に加えて、spERt™技術ではmRNAの利用効率を相加・相乗的に増強させ、これが翻訳亢進に寄与していることも検証されています(詳細は文献2−4をご参照ください)。


図3. CHO細胞におけるspERt™技術導入による分泌活性への影響(文献2より改変)
分泌マーカーとしてアルカリフォスファターゼ(AP)を使用。


図4. spERt™技術導入CHO細胞を用いた抗体産生細胞株の構築(文献1より改変)
A. spERt™技術導入CHO細胞と対照CHO細胞より樹立した抗体産生株の力価の分布を比較した。B. 力価が最大値を示した細胞株の小胞体のポリリボソームは比重の大きい(=長鎖の)ポリリボソームが増加していた。

まとめ

  以上のように「プロフェッショナル分泌細胞」である線維芽細胞の特徴、即ち、小胞体膜の長鎖ポリリボソーム形成に必須な因子群を使用して、小胞体膜の翻訳装置を高機能化するという手法により、1細胞あたりの生産性向上が可能であることが検証されました。本技術は高生産を誘導する既存の各種技術との併用も可能で、抗体医薬の製造のみならず、その他の生産困難なタンパク質への応用など様々な応用開発を推進しています。           

関連レポート

文献1 後藤希代子「spERt™技術による翻訳装置の高機能化とその応用」
日本生物工学会誌, 第97巻 第6号, 335-337 (2019)
文献2   Ueno T, Taga Y, Yoshimoto R, Mayeda A, Hattori S, Ogawa-Goto, K. Component of splicing factor SF3b plays a key role in translational control of polyribosomes on the endoplasmic reticulum. Proc Natl Acad Sci U S A, 116, 9340-9349 (2019)
文献3   Ueno T, Tanaka K, Kaneko K, Taga Y, Sata T, Irie S, Hattori S, Ogawa-Goto, K. Enhancement of procollagen biosynthesis by p180 through augmented ribosome association on the endoplasmic reticulum in response to stimulated secretion. J Biol Chem, 285, 29941-29950 (2010)
文献4   Ueno T, Kaneko K, Sata T, Hattori S, Ogawa-Goto K. Regulation of polysome assembly on the endoplasmic reticulum by a coiled-coil protein, p180. Nucleic Acids Res, 40, 3006-3017 (2012)
文献5   Ogawa-Goto K, Tanaka K, Ueno T, Kurata T, Sata T, Irie S. p180 is involved in the interaction between the endoplasmic reticulum and microtubules through a novel microtubule-binding and bundling domain. Mol Biol Cell, 18, 3741-3751 (2007)
文献6   Ueno T, Kaneko K, Katano H, Sato Y, Mazitschek R, Tanaka K, Hattori S, Irie S, Sata T, Ogawa-Goto K. Expansion of the trans-Golgi network following activated collagen secretion is supported by a coiled-coil microtubule-bundling protein, p180, on the ER. Exp Cell Res, 316, 329-340 (2010)

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