所員による研究レポート

レポートNo.008 コラーゲンを足場とした細胞培養

カテゴリ:研究レポート 

レポートNo. コラーゲンを足場とした細胞培養
008

概要

  細胞培養実験では、細胞の足場となる培養基材の選定は、実験の結果を左右する重要なポイントです。ヒトの体を構成する細胞の種類は約200種類(参考文献1)とも言われており、また、細胞を取り巻いている細胞外マトリックス成分も多種多様です。培養細胞の足場を、生体内で細胞が置かれている細胞外マトリックスの組成や状態に近づけることは、「実際の生命現象」を生体外で再現するための鍵のひとつと言えます。 

※「細胞外マトリックス」(Extracellular Matrix ; ECM)とは?
      生体内において、細胞の周囲に存在し、細胞の「居場所(足場)」となる、不溶性の構造のことを言います。皮膚や骨などの組織を構成する力学的な「支持体(骨格)」しての役割を担う他、細胞増殖や細胞分化の制御にも関与します。
  細胞外マトリックスを構成するタンパク質には、コラーゲン、フィブロネクチン、ラミニン、プロテオグリカンなど約270種類(参考文献2、3)が知られていて、複数の類似タンパク質(アイソフォーム)が存在するものもあります。さらに、同じ遺伝子に由来するタンパク質であっても、① 選択的スプライシングによって分子サイズの異なるものが存在する、② 酵素によって部分的に分解されたものが混在し得る、③ 同じ型のコラーゲン分子であっても、組織特異的にプロリンやリジンの翻訳後修飾に違いがある、といったことが知られており、実に多種多様です。
  また、細胞外マトリックスは、組織に加わる力の頻度や強さ方向によっても、形成される会合体、例えばコラーゲン線維束の太さや長さが変わります。こうした構造的特徴によって、あらゆる方向への引っ張りに対する皮膚の弾力性や、外部からの衝撃や圧力に対する骨の強靭性、骨と筋肉をつなぐ腱の柔軟性など、組織ごとの特性が生まれます。特に近年、細胞外マトリックスの「硬さ」に起因する細胞挙動に注目が集まっています。

培養基材としての細胞外マトリックス

 細胞外マトリックスは、多様で複雑な構造をとり、個々の構成分子に対して研究が行われていますが、中でも、生体に普遍的かつ大量に存在するI型コラーゲンは、特に研究が進んでいます。生体内では、線維芽細胞などによってI型コラーゲンの分子が合成・分泌され、その分子が線維を形成して組織の骨格として機能し、細胞の足場の役割も担います。I型コラーゲンは、生体内の構造を保ったまま抽出することができます(参照:研究レポートNo. 001不溶性コラーゲン線維の可溶化について)。そして、抽出されたI型コラーゲンは、温度やpH、イオン種やイオン強度等により、形成される線維の長さや太さが変化します(図1)。


 
図1. I型コラーゲンを用いた細胞培養の足場調製(コートとゲル)


  線維芽細胞をはじめとする多くの細胞の表面には、コラーゲン受容体タンパク質が存在します。細胞は、コラーゲンとの接着により、増殖や分化などを司るシグナル伝達が活性化します。多くの細胞では、培養容器にI型コラーゲンを塗布(コート)して培養すると、未処理の培養容器に比べ、細胞の接着や増殖が促進します。一方、コラーゲン線維を再構成させてゲル状にしたI型コラーゲンを用いて培養すると、細胞によっては、増殖抑制、分化誘導、細胞死誘導など、容器に塗布した場合には観察されない挙動が誘導されることがあります。インテグリンなどのコラーゲン受容体は、細胞骨格を介して足場の硬さをメカノセンサー(機械的・力学的な情報を感受するセンサー)に伝達するという説が、近年盛んに報告されています(参考文献4−7)。コラーゲン分子が規則的に集まって線維を形成すると、その線維の表面は、分子一個ずつ単独での表面とは、物性も、形状も、アミノ酸側鎖の分布も異なります。コラーゲンを培養容器にコートした時と、コラーゲンをゲルにした時とで、細胞の挙動が違うのは、コラーゲン表面と細胞との接着で生じるシグナルや、力学的なシグナルの両方の差異が関与していると考えられます。この点については、研究の余地がまだ多く残されています。

I型コラーゲンを用いた細胞培養例

  ここで、当研究所で実際に行っている実験の一例をご紹介致します。健常な皮膚組織では、表皮角化細胞とI型コラーゲンが直接、接することはありません。しかし、ケガをした時など、皮膚組織の構造が壊されて真皮が露出した際には、表皮角化細胞がI型コラーゲンと接する場合があります。よって、I型コラーゲンを足場に用いて表皮角化細胞を培養する実験は、創傷時を再現した培養モデルと考えられています。 
  表皮角化細胞を、I型コラーゲンで処理していない培養容器で培養した場合と比較して、ゲル化していないI型コラーゲンの上では、細胞の接着、伸展、増殖が促進されます。その一方、ゲル状のI型コラーゲンの上で培養した場合は、接着、伸展、増殖は抑制され、アポトーシスと呼ばれる細胞死が誘導されます(図2、使用例1)。

 
図2. I型コラーゲンコートプレート上およびI型コラーゲンゲル上で培養したヒト皮膚表皮角化細胞の形態比較
表皮角化細胞株FEPE1L-8細胞を、細胞外マトリックス成分を塗布しない条件(図2−1)で培養した場合と比較して、I型コラーゲンを塗布した容器上(図2−2)では、細胞の接着および伸展が促進されました。一方、I型コラーゲンのゲル上で培養すると(図2−3)、細胞の伸展は抑制されました。


   培養容器へのI型コラーゲンの塗布や、線維化ゲルの調製法については、標準的な実験プロトコルが確立されており、また、様々に工夫された培養条件が論文やビデオジャーナルなどで公開されているため、簡単に始めることができます(使用例2、3)。
  当社では、I型コラーゲンをはじめ、より生体に近い細胞培養条件を再現するための試薬やキットを豊富に取り揃えております。ぜひ、皆様のご研究にお役立てください。

使用例(関連レポート)

1.   I型コラーゲン線維化ゲル上での細胞挙動(表皮角化細胞のアポトーシス)
Fujisaki H, Hattori S. Keratinocyte apoptosis on type I collagen gel caused by lack of laminin 5/10/11 deposition and Akt signaling. Exp Cell Res. 280, 255-269 (2002) PubMed PMID: 12413891
2.  I型コラーゲン線維化ゲルとカルシウム濃度による表皮角化細胞の増殖制御
Fujisaki H, Futaki S, Yamada M, Sekiguchi K, Hayashi T, Ikejima T, Hattori S. Respective optimal calcium concentrations for proliferation on type I collagen fibrils in two keratinocyte line cells, HaCaT and FEPE1L-8. Regen Ther. 8, 73-79 (2018) PubMed PMID: 30271869
3.   ビデオジャーナル:I型コラーゲン培養基材の調製プロトコル紹介
Fujisaki H, Futaki S, Mizuno K, Hattori S. Evaluation of keratinocyte proliferation on two- and three-dimensional type I collagen substrates. J Vis Exp. (2019) DOI: 10.3791/59339

参考文献

1.   井出利憲「細胞の運命 IV 細胞の老化」サイエンス社 (2006)
2.  Naba A, Clauser KR, Hoersch S, Liu H, Carr SA, Hynes RO. The matrisome: in silico definition and in vivo characterization by proteomics of normal and tumor extracellular matrices. Mol Cell Proteomics. 11, M111.014647 (2012)
3.   Naba A, Clauser KR, Ding H, Whittaker CA, Carr SA, Hynes RO. The extracellular matrix: Tools and insights for the "omics" era. Matrix Biol. 49, 10-24 (2016)
4.   Katsumi A, Orr AW, Tzima E, Schwartz MA. Integrins in mechanotransduction. J Biol Chem. 279, 12001-12004 (2004)
5.   Stupack DG. The biology of integrins. Oncology (Williston Park). 21, 6-12 (2007)
6.   Sun Z, Guo SS, Fässler R. Integrin-mediated mechanotransduction. J Cell Biol. 215, 445-456 (2016)
7.   Jansen KA, Atherton P, Ballestrem C. Mechanotransduction at the cell-matrix interface. Semin Cell Dev Biol. 71, 75-83 (2017)

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